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東京高等裁判所 平成2年(ラ)737号 決定 1991年3月29日

抗告人(債権者) 日本抵当証券株式会社

右代表者代表取締役 牧口徳幸

右代理人弁護士 西坂信

相手方(債務者兼所有者) 株式会社セイホウ

右代表者代表取締役 矢追盛雅

主文

一  原決定中、原決定添付別紙被担保債権・請求債権目録1の(2)及び3の(2)記載の債権に関する部分を取り消す。

二  本件競売申立事件中、右取消しに係る部分を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一  抗告人は、主文第一項の裁判を求め、その理由として、別紙抗告状記載のとおり主張した。

二  一件記録によれば、抗告人は、平成二年九月二一日、原裁判所に対し、原決定添付別紙被担保債権・請求債権目録記載の債権の弁済に充てるため、抵当証券の発行された抵当権の実行としての不動産競売の申立てをなし、原決定添付別紙担保権目録記載の各抵当証券、不動産登記簿謄本を提出し、抵当証券上の弁済期が未到来の点については、失権約款により期限の利益を喪失したと主張し、その立証として、「金銭消費貸借抵当権設定契約証書(抵当証券発行特約付)」、「印鑑登録証明書」等を提出したところ、原裁判所は、同年一〇月九日、原決定添付別紙被担保債権・請求債権目録1の(1)、2及び3の(1)記載の債権については、競売手続を開始したが、その余の債権については、抵当証券に記載された弁済期がいまだ到来しておらず、また、同証券には失権約款の記載がなく、法定文書以外の文書等によつて弁済期の到来を立証することは許されないとして、右失権約款による期限の利益の喪失の有無について審理・判断することなく、弁済期がいまだ到来していないとし競売の申立てを却下したことが認められる。

三  しかしながら、原審の前記判断のうち、右却下部分に関する判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

1  抵当権者が、抵当権に内在する換価権に基づき、担保権を実行するには、抵当権及び被担保債権が存在しているほか、被担保債権の弁済期が到来していることが実体法上の要件とされているが、民事執行法一八一条は、不動産を目的とする抵当権の実行としての競売(以下「不動産競売」という。)は、同条一項各号又は二項所定の抵当権の存在を証する文書(以下「法定文書」という。)が提出されたときに限り開始されるものと規定し、また、民事執行規則一七〇条によれば、債権者の提出する申立書には、債権者、債務者及び所有者並びに代理人の表示(同条一号)、抵当権及び被担保債権の表示(同二号)、抵当権の実行又は行使に係る財産の表示(同三号)、被担保債権の一部について抵当権の実行又は行使をするときは、その旨及びその範囲(同四号)を記載しなければならないと定めているけれども、右法定文書のほかには特段実体法上の要件の存在を証する書面等の資料の提出を求めていないことに鑑みると、民事執行法は、同じく抵当権の実行としての競売でありながら、旧競売法における任意競売の場合とは異なり、簡易迅速な競売手続の実現を図るため、競売手続開始の段階においては、単に担保権の形式的な存在につき、債権者の提出した法定文書の限度において審査はするものの、それ以上に実体法上の要件が具備されていることにつき、債権者に対して積極的にこれを証明させる必要はなく、むしろ被担保債権の存在、その弁済期の到来等の要件については、債務者又は所有者の側からの執行異議等の申立をまつて審理判断すれば足りるものとしたと解され、このことは、本件のように法定文書上に被担保債権の弁済期の記載がある場合であつても基本的には異ならないものというべきである。

もつとも、法定文書の記載から弁済期が到来していないことが明らかであれば、提出された資料自体から実体法上の要件が具備していないことが明確であるから、原則として一種の執行障害として競売開始決定をすることは許されないものと解するのが相当である。

ところで、民事執行法は、抵当権の実行としての不動産競売においては、旧競売法と同様、強制執行上の債務名義までは必要としなかつたものの、実体的にみて担保権存在の蓋然性の高い一定の文書を担保権存在の証明文書として法定し、右文書以外には実体的にも担保権の存在を立証することは認めないとすることにより、不動産競売手続の安定を図つており、右法定文書は、競売手続開始の側面に着目すれば、強制執行手続における債務名義と極めて類似した機能を有していることは否定できないけれども、他方、一旦競売手続が開始されても、債務者又は所有者側から、民事執行法一八二条に基づき、担保権の不存在又は消滅等の実体上の理由により開始決定に異議の申立てがなされ、右申立の当否を審理した結果、担保権等の不存在が明らかになれば、反対名義の提出がなされなくても、同一の手続内において右開始決定は違法として取り消されるのであつて、そうすると、民事執行法は、事後とはいえ、不動産競売の手続内において、法定文書以外の書面等による実体的要件の存否に関する主張・立証を制度上予定していることも明らかというべきである。

また、法定文書が法定証拠としての意味をもち他の証拠による証明が許されないのは、前記のとおり法令上も限定されており、弁済期到来の要件については、もともと法定文書によることはもちろん、何らの証明も要求されているわけではない。この点は抵当証券所持人が不動産競売の申立をする場合においても同様である。もとより抵当証券は有価証券たる性質を有するから、有価証券特有の法理の適用を受けることがあるとしても、本件のように抵当権者たる抵当証券所持人が債務者に対し、不動産競売の方法で権利を行使する場合においては、民事執行法が特段の規定を設けていない以上、抵当証券所持人以外の者からの不動産競売の申立の場合と異別の扱をすることは困難である。原審における弁済期未到来の認定は、民事執行法上要求されている抵当権の存在の証明のため提出された法定文書にたまたま記載されていた弁済期の記載上から明らかとなつたというにすぎず、もとより実体法上の要件である弁済期の認定の関係においては、右法定文書は法定証拠としての性格を有するものではなく、このような場合に、他の証拠による右法定文書の補充・訂正が許されないとするまでの合理的な理由はないというべきである。

したがつて、右のような場合において、申立人が法定文書記載の弁済期が失権約款等により実体法上変更され現に到来していることを主張立証したときには、その点に関する法定文書の記載が補正され、弁済期についての実体法上の要件につき不備がないものとして、すなわち弁済期が到来しているものとして扱うのが相当である。

2  そこで、これを本件についてみるに、原決定添付別紙被担保債権・請求債権目録1の(2)の元金及び3の(2)の遅延損害金については、原決定の別紙担保権目録記載の各抵当証券上の弁済期が未到来であることが明らかであるけれども、抗告人は、右弁済期は、失権約款により期限の利益を喪失し、弁済期がすでに到来しているものと主張し、その立証として右失権約款の記載のある「金銭消費貸借抵当権設定契約証書(抵当証券発行特約付)」「印鑑証明書」等を提出しているのであるから、右によりそれが立証されれば、競売手続が開始されるべきものである。

3  そうすると、右と異なる見解のもとに、法定文書以外の文書等によつて弁済期の到来した事実を立証することは許されないとして、失権約款に基づく期限の利益の喪失の有無について審理・判断することなく、弁済期が到来していないとして競売の申立てを却下した原決定には、法律の解釈を誤り、審理を尽くさなかつた違法があるものというべきである。

四  よつて、原決定中、同決定添付別紙被担保債権及び請求債権目録1の(2)、3の(2)の債権に関する競売申立てを却下した部分を取り消したうえ、前記の点に関し、更に審理を尽くさせるため、右取消しに係る部分を原審に差し戻す

(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 沢田三知夫 板垣千里)

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